後始末できない原発
父が他界して3年。片道2時間半かけて月1回程度、空き家の後片づけで宮津に帰っています。「目の黒いうちは捨てないで欲しい」と言っていたので生前は一切手を付けませんでした。母屋はなんとか片付きましたが、問題は60年前から納屋にため込んでいる漁具や農業用資機材です。 農業用ビニール類は年1回JAへ、農機具類は解体して近くの鉄くず屋さんへ、通いコンテナは市場へ返却。農薬類はこれからです。20年前の古新聞さえあり、怒りすら覚えますが、日々の農作業に追われていたのだと思います。あと何年もかかりますが、きれいに処分することが、最期に満足な介護をしてやれなかった両親へのせめてもの供養です。「後始末に困るものは買わない!」と決めています。
ところで後始末ができないのが原発の使用済み核燃料です。貯蔵用プールは満杯に近づいてきているのに何十年経っても再処理施設の建設は進んでいません。濃縮して地下に貯蔵しても危険性の減衰に10万年かかると言われています。処理方法が確立していない原発を推進するのは未来社会への責任放棄といえると思います。(I)